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宮崎地方裁判所 平成3年(ワ)26号 判決 1992年11月30日

宮崎県都城市<以下省略>

原告

東建設株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

冨永正一

宮崎県都城市<以下省略>

被告

都北地区建設事業協同組合

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

佐藤安正

主文

一  平成3年1月21日開催の被告総代会においてされた原告を除名する旨の決議が無効であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを5分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  主文一項同旨

二  被告は原告のため、宮崎日日新聞に、見出しは3倍活字、原告及び被告名部分は2倍活字、その余の部分は1.5倍活字で別紙のとおりの内容の謝罪広告を1回掲載せよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  被告は、中小企業等協同組合法(以下「法」という。)に基づいて設立された事業協同組合であり、原告は建設事業者で、被告の組合員である。被告の主たる事業に生コンクリートの共同購買があり、被告は、都城地区生コンクリート協同組合(以下「訴外組合」という。)と委託販売契約を締結し、被告の組合員が必要とする生コンクリートについては、右の委託販売を利用し、訴外組合所属の生コンクリート事業者が生産する生コンクリートを、予め被告と訴外組合において協定した条件で買い受けるのが通例であった(甲第1、第4号証、乙第2号証の1、2、第3、第4号証、被告代表者)。

二  原告は、平成2年10月、北諸県郡高城町において民間の建設工事を請け負ったが、つねづね、被告を通じて購入する生コンクリートの値段は高額に過ぎると考えていたため、右工事に使用する生コンクリート3000m3は、被告を通じることなく宮崎市内の生コンクリート事業者である株式会社神生(以下「神生」という。)から買い入れた(原告代表者)。

三  被告は、その組合員であるにもかかわらず、被告を通じることなく、他の生コンクリート製造事業者から多量の生コンクリートを買い受けた原告の行為は、定款13条(3)(本組合の事業を妨げ、または妨げようとした組合員)に該当するとして、平成3年1月21日開催の総代会において原告を除名する旨の決議をした(甲第5号証、乙第8、第9号証)。

四  原告は、被告が除名事由とした原告の行為は、除名事由に該当しないから、被告の総代会がした前記除名決議は無効であるとして、その無効確認等を求めた。

第二争点

被告の組合員である原告が、被告を通じることなく他から自由に生コンクリートを購入することは、被告の事業を妨げるものとして除名事由に該当するか。

第三争点に対する双方の主張

一  原告

1  組合施設の専用契約

農業協同組合法(以下「農協法」という。)及び水産業協同組合法(以下「水協法」という。)は、農業協同組合等が定款の定めるところにより、法定の期間を越えない場合に限り、組合員が当該組合の施設を専ら利用すべき旨の契約(専用契約)を組合員と締結することができると定めている。専用契約は、組合経営の安定を図ることを目的とするものであるが、反面において、この契約により組合員の自由が不当に拘束される危険がある。そこで、農協法等は、定款に定めがある場合に限り、法定の期間内で、かつ、組合の事業の一部についてのみ組合と組合員とが専用契約を締結できることとし、なお、専用契約の締結は組合員の任意とし、組合は、組合員が専用契約の締結を拒んだことを理由として、その組合員が組合の施設を利用することを拒否できない旨を定めている(農協法19条、水協法24条)。

法には専用契約に関する格別の規定はない。しかし、農協法及び水協法に規定する専用契約に関する定めは、法の適用ある組合と組合員との関係にも準用されるべきである。そうすると、専用契約を締結しない限り、原告は被告の施設の利用義務はないことになる。

2  原告の行為は被告の事業を妨げるものであるか

地方公共団体等が行う公共工事の請負工事代金は、予め定められた設計単価を基準として算出される。そして、この設計単価は、財団法人建設物価調査会(以下「物価調査会」という。)が年2回程度行う価格調査の結果を基にして決定される。このことから、被告は、原告が他から安価な生コンクリートを購入して宮崎県都城市及び同県北諸県郡(以下「都北地区」という。)の工事に使用すると、前記設計単価が切り下げられるため、都北地区の土木建設事業者は、適正な価格で公共工事を受注することができなくなると主張している。しかし、公共工事における設計単価は、各地域の自由競争で定まった市場価格を基に算定されることが予定されているのであり、自由な競争を制限して設計単価を高額に維持することは許されない。

被告は法に基づいて設立されたものであり、それが、税金で運営される公共工事の設計単価を下げないことを目的とすることなどは許されず、したがって、原告の行為により都北地区の生コンクリートの実勢価格が下落し、その結果、公共工事の設計単価が下がったとしても、それが被告の事業を妨害したといえないことは明らかである。

二  被告

1  被告設立の目的

昭和56年から昭和59年にかけて、都北地区における生コンクリートの価格は、約15社の大手建設事業者の購入価格は非常に安く、その余の約600社の中小零細事業者のそれは必然的に高くなっていた。ところで、公共工事の工事価格は、予め設定されている設計単価に基づいて算出されるものであるが、これは、建設省の外郭団体である物価調査会が年2回当該地域における建設資材の実勢価格を調査した上決定されるものである。そして、生コンクリート価格については、大手事業者の安い購入価格が設計単価に反映される結果、中小零細事業者は、実際には高い生コンクリートを使用しながら、安い価格で公共工事を受注しなければならない結果となっていた。このような事態の改善を目的として、昭和59年4月18日、被告が設立されたものである。したがって、被告設立の目的は、零細な事業者も生コンクリートを適正な価格で、かつ、安定して供給を受けることができること、都北地区における公共工事の設計単価を右の価格に応じた適正なものとし、これを維持することが主たるものである。

2  被告と訴外組合との生コンクリートに関する共同購買契約の内容

組合員は、生コンクリートを被告を通じて訴外組合に注文する。訴外組合は、その組合員に右の注文を割り当て、同組合員が生コンクリートを工事現場に配送する。これにより、被告の組合員である建設事業者は、必要なときに必要な量の(たとい少量でも)供給を受けることができる。訴外組合は、m3当たり900円の手数料を被告に支払い、このうちから事務費等として100円が控除され、800円は組合員に還元される。また、50m3毎に行う生コンクリートの品質検査は訴外組合に依頼して行っており、その料金は、以前は6000円であったが、これを3000円に減額し、また、1m3以下の小口注文に対して課せられていた1000円の小口料金は廃止された。このように、被告が訴外組合と契約を締結して行う共同購買により被告の組合員の受ける恩恵は非常に幅の広いものである。

3  このような状況下で、原告は、被告及び訴外組合の関与を排して、3000m3という大量の生コンクリートを宮崎市内の事業者である神生から購入して都北地区における建設工事に使用した。原告が神生から購入した生コンクリートの価格は、同社が創業間もない企業であり、実績を作る必要があったために無理に設定したダンピング価格であった。生コンクリートが右のようなダンピング価格で取引されると、その価格が前述の物価調査の結果に反映し、都北地区における公共工事の設計単価もこれに応じて低く設定されることになる。ところが、原告のような大手事業者と異なり、中小零細事業者は、ダンピング価格で生コンクリートを調達することはできず、低い設計単価に基づく公共工事において設計単価以上の価格の生コンクリートを使用して工事をしなければならなくなる。また、原告のように、大量の生コンクリートは自己の力で他から安く仕入れ、少量の注文のみを被告の共同購買制度を利用する組合員が多くなれば、被告と訴外組合との契約を維持することは不可能であり、そうなると、被告設立以前のように、中小零細事業者は、生コンクリートを適正な価格で、継続的に供給を受けることは困難となる。したがって、原告の行為が被告の事業を妨げるものであることは明らかである。

第四争点に対する判断

一  前提となる事実関係

甲第1、第2、第4、第15号証、第17号証の1、2、第18号証、第20号証の2、第21号証の1、2、第23、第24号証、第25ないし第27号証の各1、2、第28号証の1ないし7、第29号証の1ないし6、第31号証、乙第2号証の1、2、第3、第4、第16号証、証人D、原告・被告各代表者本人、弁論の全趣旨によれば、次のとおり認めることができる。

1  被告は、建設資材の共同購買等を目的として昭和59年4月18日に設立された法3条にいう事業協同組合であり、宮崎県都城市及び宮崎県北諸県郡(三股町、山之口町、高城町、高崎町、山田町)の1市5町(都北地区)をその地区としている。都北地区の土木建設事業者は約600社(個人も含め)であるが、被告にはそのうち約350社が加入しており、特に公共工事の指名においてAクラスとされている比較的経営規模の大きな事業者はそのほとんどが参加している。

2  生コンクリートの種類は、強度(呼び強度)、水分量(スランプ)、砂利の大きさ(粗骨材)によって分けられ、これを順次数字で表したものでその種類が特定される。建設用生コンクリートは、呼び強度210、スランプ15又は18(以下「210-15」等と略称する。)が標準的なものである。

3  原告は、本件において、平成2年10月、宮崎市内の生コンクリート事業者である神生から建設用生コンクリートを購入したのであるが、その価格は、m3当たり210-15で9950円、210-18で1万0100円であった。原告は、平成2年中に福岡市内の株式会社上組、宮崎市内の生コンクリート事業者団体である宮崎地区生コンクリート事業協同組合等から生コンクリートを購入しているが、その価格は、上組はm3当たり210-18で8750円であり、宮崎地区生コンクリート事業協同組合はm3当たり210-15、210-18とも9300円であった。ただし、宮崎地区生コンクリート事業協同組合からの請求書における右単価は、210-15で1万2650円、210-18で1万2800円となっており、支払の際に値引きされた体裁をとっている。以上のとおり、神生から原告への生コンクリートの販売価格は、宮崎市内においては一般に行われていた価格であって、採算を無視したダンピング価格ではない。ただし、数m3しか使用しないことの多い零細事業者において、原告が購入したのと同一の単価で同種の生コンクリートを買い受けることができるかどうかは別問題である。小口利用の場合の単価が大量に使用する場合のそれに比較して割高となることは、経済原則上自然なことであり、3000m3を使用した原告購入の生コンクリートを他の零細事業者が同一の単価で買い受けることができないとしても、原告が本件につき神生から買い受けた生コンクリートがダンピング品ではないとの認定の妨げとなるものではない。

二  他から購入することが被告の事業妨害となるか

1  次に検討すべきことは、被告の組合員が、その事業に使用する原材料である生コンクリートを、自由な競争原理に基づき、被告を利用することなく他から購入することが、被告の事業を妨害するものと評価され、除名事由となるかどうかという点である。

2  農協法19条、水協法24条の趣旨

中小零細事業者の団体に法人格を付与し、当該団体の活動を通じてその構成員の経済的社会的地位の向上を目的としている法律には、中小企業等協同組合法のほか農協法及び水協法がある。ところで、協同組合が一定の人的・物的設備を設けて事業を行う場合には、その経営を安定させるためには、組合員に対し、組合設備を利用することを少なくとも一定限度で義務づけること(以下「専用利用義務」という。)が必要となろう。しかし、このような拘束は、他面では組合員の営業の自由や私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)が保護する「公正且つ自由な競争」を阻害する恐れがあり、この観点からすると、組合員の専用利用義務を無制限に肯定することはできないものというべきである。このことは、独禁法24条が、協同組合的性格を有する組合の行為には、原則的には独禁法の規定を適用しないこととしながら「不公正な取引方法を用いる場合」及び「競争を実質的に制限することにより不当に対価を引き上げることとなる場合」を例外として除外していることからも窺われるところである。

専用利用義務に関する定めは農協法19条及び水協法24条に存する。その定めは、前述した2つの相対立する要請を斟酌した内容となっており、専用利用契約を締結することはできるが、その期間は、農協法では1年以内、水協法では2年以内に制限されること、組合員が専用利用契約を締結するかどうかは自由であり、組合は、組合員が右契約を締結しなかったことを理由として、当該組合員が組合施設を利用することを拒んではならないこと、以上の点が法定されている。したがって、農協法及び水協法は、組合員であることのみで利用を強制されることはないことを当然の前提としているものと解される。

3  中小企業等協同組合法上の事業協同組合における専用利用義務について

法には専用利用義務に関する規定はない。しかし、事業協同組合についても2で述べた相反する要請の存することは農業協同組合及び漁業協同組合とその本質において異なるところはないものと考えられる。そして、原告代表者本人及び弁論の全趣旨によれば、原告と被告との間では組合の専用利用契約は締結されていないことが認められる。そうすると、原告は、その使用する原材料である生コンクリートを被告のみから購入すべき義務はなく、自由に他から購入することができ、そうしたとしても、組合は、他の機会に、原告から組合が取り扱う生コンクリートの購入要請があったときは、原告が組合以外の事業者から生コンクリートを買い受けたことを理由として前記要請を拒むことはできないというべきである。なお、法1条、中小企業団体の組織に関する法律1条、17条の趣旨等からすると、組合設立の主要な目的の1つに、事業者間の過当競争を排して中小零細規模の事業者の企業活動を保護することが含まれており、これは法も是認しているところである。そして、右の目的を達成するためには、本件に即して述べるならば、一定地域の中小零細規模の土木建設事業者を1つの組織に纏め、これに対応する生コンクリート事業者も1つの団体として、生コンクリート取引は右の団体間で予め協議決定された条件に基づいて行い、各団体構成員は他に売却し、あるいは購入することが許されないとするのが理想的である。このようにすれば、生コンクリート事業者は予定価格で安定した需要を見込むことができ、他方、土木建設事業者の側も、中小零細事業者であっても、一定品質の生コンクリートを、予定価格で安定した供給を受けることが可能となるであろうし、公共工事については、原材料価格につき安定した設計単価を期待することができるからである。しかし、中小零細事業者の保護といっても無制限に許されるものではなく、その手段・方法には「公正且つ自由な競争」の確保という観点からの制約が存することは肯定されねばならず、その程度は「公正な経済活動の機会を確保」する限度に限られるのである。そして、本件においては、前記のような原材料の供給に関する拘束的協定を容認すると、建設工事等の発注者の利益が損なわれる恐れがあり、組合員たる事業者にとっても公正且つ自由な競争が阻害されるものというべきである。法7条、独禁法24条但し書の趣旨からしても、法に定める事業協同組合にあっては、組合員に対して右のような組合事業の専用使用義務を課することは許されないものと認めるのが相当である。そして、本件において、原告と被告との間では専用使用契約の締結はされていないこと、原告が宮崎市内の事業者である神生から購入した生コンクリートの価格は、宮崎市においては、購入時点における一般的な値段であり、採算を無視したダンピング品であるとは認め難いことはいずれも先に認定したとおりである。

被告は、原告のごとき行動を容認するときは、中小零細事業者の経営の安定という被告の設立目的が達成できなくなると主張する。しかし、一定地域における中小零細事業者の経営の安定を目的として、当該地域内の同事業者が行う事業の原材料の購買の方法等を制限することが許されるのは、中小企業団体の組織に関する法律第3章以下に定める方法と限度においてのみであると解するのが相当であり、その目的が中小零細事業者の保護であっても、被告が本訴において主張している手段によることは許されないというべきである。

三  結論

以上のとおりであり、被告が原告の除名事由として主張する事実は、除名事由たり得ないことが明らかであるから、被告の総代会がした除名決議は無効であるといわざるを得ない。ところで、原告は、名誉回復措置としての謝罪広告を併せて求めている。しかし、ことは業界団体内部の紛争であり、除名処分の無効が宣言されることにより原告が受けた名誉信用の回復は十分に可能であり、それ以上の特別の措置を必要とはしないものというべきである。よって、原告の右請求はその必要性がないものとして棄却することとする。

(裁判長裁判官 加藤誠 裁判官 登石郁朗 裁判官 後藤隆)

謝罪広告

都北地区建設事業協同組合

右代表者理事

東建設株式会社

右代表取締役

A殿

B殿

都北地区建設事業協同組合において、貴社が当組合が扱う都城地区生コンクリート協同組合出荷以外の生コンクリートを購入使用したことを理由として、平成2年12月28日除名通知をし、平成3年1月21日除名決議をしたことは違法でありここに取消すと共に、貴社の名誉信用を毀損しましたことは申し訳なく、謝罪いたします。

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